ヨーロッパなどについて勉強をした

ルターに続いてスイスで改革を進めたフランス人カルヴァンは救いは神によってあらかじめ定められていると説きました。彼はそれを確信する手段としての勤労を進め、蓄財を肯定したためこの教えはイギリス・フランス・オランダの商工業者を中心に広まりました。カルヴァン派の信徒はイギリスではピューリタン、フランスではユグノーとよばれました。ルターやカルヴァンを支持し、カトリック教会を否定する人びとはプロテスタントと総称されます。一方、カトリック教会もトリエント公会議で教皇の至上権などを確認すると同時に内部の改革を進め、新教徒に対抗しました。この過程でイグナティウス=ロヨラらを中心に結成されたイエズス会は、積極的にヨーロッパ内外での布教活動を進め、1549年にはフランシスコ・ザビエルが日本にカトリックを伝えました。1685年にドイツ中部のアイゼナハで熱心なルター派信徒の両親のもとにうまれたバッハは、今日「近代音楽の父」などさまざまによばれ、バロック音楽を集大成した作曲家として知られています。しかし、同時代には教会付きのオルガニストもしくは合唱指揮者として有名な人物であったようで、偉大な作曲家として注目されるのは、19世紀に再評価がなされて以降のことです。

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